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Nikki Matsumoto's Rock Of Asia

アラブの春~中東ツアー2012

Rock Of Asia のコンセプトはアメリカから帰国した当時(1996年)からあった。アメリカからの音楽的影響を反映したロックを、アメリカでやってきて、それなりの評価は得た。だけど何かが違う気がしていた。

その構想が実現したのは2009年の事。和楽器や中国の楽器をフューチャーしたRock Of Asia、その意図は世界に日本や他のアジアの国に昔からある楽器を世界に紹介したい、というところにあった。だから歌詞は全て英語だったし、2010年にはアメリカ・カリフォルニア州でライブを行った。そしてこのWebsiteも当初、日本語のページを作るつもりさえ、なかったのである。しかしあの日以来、全てが変わった。

1年以上もかけてレコーディングしたRock Of Asia の1st CD。その発売日のお昼前、1000枚のCDが東京のオフィスに届く。CDのテーマは海。「 Guardian Of The Sea」 は海の守り神の歌、そして 「Ocean」 は漁に出ている間に妻を失い毎日、海辺に来て波を見つめる猟師の歌である。その「Ocean」 を聞いている時、襲った大地震・・。

Ocean の訳詞はこちらにあるのだが、驚くことにその歌詞はまさに津波の被害を予言していたようだった。作曲者として、私はその奇跡的な偶然を、ただの偶然とは捉えなかった。これまでも私が書く曲は未来を言い当てていた。しかしこの偶然はあまりにも劇的過ぎた。


                                (写真下:宮城県南三陸町 3月17日)


震災直後の3月に撮った被災地の写真
そして震災発生5日後、私は被災地へと向かった。3月に2度、宮城、岩手、福島に自家用車で行き、支援物資の調達などを行い、そして「 Ocean」 のミュージック・ビデオも撮影したのである。後にYouTubeで公開したこのビデオでは3月11日、地震発生1時間後の私のオフィスの映像から、被災地の岩手県大船渡市や宮城県南三陸町で撮った映像がフューチャーされている。

OCEAN ミュージック・ビデオ2011年3月11日に起こった未曾有の大震災は私の音楽活動を多大なる影響を与えた。自分が書いた曲が多くの方が犠牲になる大災害を言い当てていた・・。3月19日のCDリリースパーティーは中止。予定を立てていた都内でのライブや海外へ行く計画も中止し、被災地の復興のために時間と予算をつぎ込んだ。それはまるで神が私の運命を操っているようだった。

3月22日に大船渡市役所に支援物資を届けた。そしてThe Ocean のビデオはその直後に無人の漁港で撮影されたものである。



6月は瓦礫撤去などの復興作業を行い、7月初旬には大船渡の老人ホームや避難所でライブも行った。そう、「Ocean」 のビデオを撮影した町である。この時は反原発派アーティストのHAOWをフロントマンに迎え、HAOW & ROCK OF ASIA という形式でのライブだった。

8月にトルコ災害救助隊を被災地に連れて行き、子供たちと交流。9月には陸前高田からアーティストを東京に呼び、代々木公園で数万人の黙とうを行った。

その後も引き続き音楽関係の裏方として岩手に行く。

そして2012年7月、とうとう11度目となった被災地訪問を終え、個人的に思う事があった。11月には中東へ行くが、その大事な時期にもボランティアを続けている。そこには私を動かしているある出来事があるのだ。

それをまとめてみた。今まで人に話す事もなかったが、すっきりした気がする。

2011年3月11日という原点

(写真上:大船渡市の老人ホームでの演奏風景)

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